10月≪ 2017年11月 ≫12月

123456789101112131415161718192021222324252627282930
2017.11/23(Thu)

仏陀像の渡来(その3 三角縁仏獣鏡)


 新山古墳出土の三角縁「仏」獣鏡
この鏡の中央には定印を結び結跏趺坐をしている仏陀の姿が彫られている
この古墳は4世紀後半の築造と言われている   仏教公伝は西暦538年であるので公伝遡ること200年前には日本列島に仏陀の像がきていたこととなります この頃すでに中国には仏教が広まっていましたのでふしぎはありません
・現在我々が考えているよりはるか前に文化は動いている
スポンサーサイト
10:50  |  日々雑感  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑
2017.11/23(Thu)

仏陀像の渡来(その2 三角縁神獣鏡)


 椿井大塚山古墳出土の三角縁神獣鏡
写真は人物像を拡大したものであり「神、仙人」だと言われている
初期の銅鏡は表が鏡であり、裏には神仙思想に基ずく神、仙人、霊獣が彫られている
卑弥呼は「鬼道」と呼ばれる占いをしていたようである それはこの神仙思想 道教だとおもわれる
弥生時代末期には 占いにより田植え、稲刈り、戦争なを告げる「巫女」と実務を務める「男王」も2頭立ての政権であった

10:33  |  日々雑感  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑
2017.11/23(Thu)

仏陀像の渡来(その1 プロローグ 卑弥呼)


   慶舟作 卑弥呼
邪馬台国の女王卑弥呼は魏に朝貢し「親魏倭王」の位を与えられ「銅鏡100枚」をもらった西暦238年のことである この鏡は「三角縁神獣鏡」だと言われている
女王はこの鏡を地方王権に渡し支配を確立していった  大和王権の誕生前夜である 地方の王は服属のあかしとして死後前方後円墳等の古墳を築きその鏡を埋葬していった
この説は近年疑問視されている
・古墳から発掘された三角縁神獣鏡は100枚を超えている(500枚以上)
・邪馬台国は支配を確立したのではなく地方王権と係争状態にあり 大きな前方後円墳を築き権威を競っていた 鏡は死者の魂を鎮める ためのものである
・大和王権は他の地方王権を服従させ支配を確立させるとともに前方後円墳は作られなくなった

10:11  |  日々雑感  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑
2017.11/16(Thu)

正暦寺の紅葉(その2 福寿院客殿横)


この建物の屋根は「こけら葺き」です それにより国の重要文化財になっています
こけら葺きとは暑さ3mmのさわら材の板を竹釘で止めただけのものです
耐久性の点から約35年毎に葺き替え工事をしなければなりません
まさに古代建築そのものです 「飛鳥板葺きの宮」と同じです
今年この屋根の葺き替え工事が行われました 新装なった優美な屋根とはかなげな紅葉 
まさに「平安時代の風雅」です

10:14  |  日々雑感  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑
2017.11/16(Thu)

正暦寺の紅葉(その1 本堂横)


紅葉(もみじ)は沢山の種類がありますがここ正暦寺の紅葉は「いろは紅葉」が多く相対的に葉っぱが小さくはかなげな風情です
今年は夏が熱く、雨が少なかったせいか早く紅葉が始まりました 例年は12月中頃です 今年は早く散りそうです
日の当たる上から紅葉が始まり、散り、日が差し込み、紅葉し散っていく 、そこへイチヨウがまっ黄色になる
まさに「錦の里」です


09:55  |  日々雑感  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑
2017.11/09(Thu)

阿修羅は合掌していなかった(その3 それでも阿修羅は美しい9


現在の興福寺の阿修羅は制作当初の阿修羅ではないと思いますがそれでは当初の阿修羅がいいかというとそうではありません
今の阿修羅は非常に美しいと思います
・肘をピンと張っている姿は「懸命さ、張、凛とした美しさ」を感じさせます 柳生の運慶作大日如来を思い浮かべます
・肩と腕の付け根に肘をはらしと時の歪(不連続性)が見られますがこれは単なる撫で方より女性的な感じがして非常に美しいと思います(法隆寺の阿修羅と比べるとよくわかります)
・阿修羅は乱暴者ですが仏の教えを聞いて仏法に帰依したという話に合掌はピッタリです
09:44  |  日々雑感  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑
2017.11/09(Thu)

阿修羅は合掌していなかった(その3 敦煌の阿修羅)


砂漠の大画廊「敦煌」には海から立ち上がる阿修羅が描かれています
4本の手を持っています 高く日、月を掲げた手と前にある手
この手は何を表しているのでしょうか 施無畏印と与願印でしょうか
少なくとも合掌はしていません
09:25  |  日々雑感  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑
2017.11/09(Thu)

阿修羅は合掌していなかった(その2 法隆寺の阿修羅)


法隆寺の阿修羅
興福寺の阿修羅より20数年前に法隆寺で阿修羅が作られています こちらは塑像で座っていますが両者は非常によく似ています
同じ系統の工人が造ったと思われます ひょとすると同一人物が造ったのかもしれません 少なくとも同じ思いで阿修羅を作ったと思われます この当時は藤原氏が法隆寺の造像、興福寺の造像に深く関与していました
この第1手も合掌していませんし両肘もすぼまっています しかし興福寺7の修理前の手とも少し違うように思います
合掌していない阿修羅はあるのでしょうか
09:16  |  日々雑感  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑
2017.11/09(Thu)

阿修羅は合掌していなかった(その1 修理)


現在の興福寺の阿修羅     修理前の阿修羅
現在の興福寺の阿修羅は明治時代に修理を行っています
修理前は上写真のように右手、手首がありません 更に両腕がすぼまっていました  
左手と同じ長さの手、手首を右手に補い両肘を広げ合掌させました その結果肩と上腕との付け根に歪が生じています 特に左側のずれが大きいようです それでは制作当初はどのような形だったのでしょうか
08:57  |  日々雑感  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑
2017.11/02(Thu)

禅定印(その3 達磨大師)


宗琳先生作 達磨大師
仏教の正当な釈迦像は右手が上ですが 中国で生まれた釈迦は左手が上のもありますがあまり普及しませんでした
ただ中国で生まれた禅宗の系統の曹洞宗の達磨さんは左手が上に作ります
西側起源の文化でもシルクロードを超えると変わる「中国化」と言われるものが沢山あります
10:28  |  仏のこと  |  コメント(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT